「地域にそして日本に必要とされる農家への更なる変革」
愛知県豊川市の有限会社こだわり農場鈴木の鈴木晋示社長は2020年の年頭にあたり「地域にそして日本に必要とされる農家への更なる変革」を抱負として掲げた。
有限会社こだわり農場鈴木(以下こだわり農場)は、生協など消費者団体の声に応じて安全な米を食卓に提供すべく、1989年に音羽米を育てる研究会(現音羽米研究会)の中核を担い、減農薬米「音羽米」の生産や、それら安全安心な農産物として近隣の保育園の給食用に提供するなど、地域に根差した活動を積極的に進める農業法人である。
社長の鈴木晋示氏(以下鈴木氏)は「“農を極める”ことによって地域を守ることが、必ずや日本の持続的発展に貢献する」と強い信念と地域への愛着をこの年初に語った。(聞き手 山謙@トヨタ式農家.pro)
山謙)先日の新年会ではお世話になりました<m(__)m>
様々な農業バックグラウンドをお持ちの方が晋示さんのもとに集まり、大変人望のある方だなぁとあらためて思いました。
本年も引き続きわたくしこと山謙@トヨタ式農家改善.proをよろしくお願いします。
鈴木氏)こちらこそ引き続きよろしくお願いします。
新年会は参加してもらってお分かりのように、農業法人の方だけでなく、商社の方などはじめ“農”にかかわる仲間が集まり、ざっくばらんに情報交換するなど、気が付けば彼らとは気の置けない仲として何年も付き合っています。
山謙さんをそんな仲間として迎え入れたのも、また専属コンサルタントとしてお願いしているのも「コミュニケーション力を買っている」からにほかなりません。
山謙さん含めトヨタさんの改善スタッフなど、社外から私のこだわり農場に関わる大勢の人の中で、誰よりもスタッフの評価が高いのは山謙さんです。
私や妻の思っていることを私たち以上にスタッフにうまく代弁してくれるコミュニケーション力などにより、我が社の改善活動の成果がうまく導き出されることもままありました。
これは改善に取り組む前のわかりやすさや親しみやすさだけでなく、その改善が成果としてもわかりやすく現れる点も高い評価につながっていると思います。
また我が社は米農家としてトヨタさんの豊作計画に取り組んでいますが、困っていることは米のことよりも、むしろクレープ事業や椎茸生産という本業の米事業を補う部分のことが次第に大きくなって行く中で、そのニーズを確実に酌んでくれたのも山謙さんでした。
農の未来を明るく語れる、希望が持てる、貴重な仲間たち
山謙)お仲間に入れていただき本当にありがとうございます。
新年会の皆さんや、晋示さんはじめこだわり農場のスタッフと話していて共通点があります。
それは“農の未来を明るく語れる、希望が持てる”という点です。
わたしがコンサルとして独立した原点の一つにもあることですが、農家さんと明るい未来を思い描いて、それをただの張りぼての絵ではなく、現実的に描ける計画として方針を構え、改善を重ねていくことができます。
これにより農家であるお客様と、わたしというコンサルとの共同作業で「夢を実際に叶えることができる」なんて、ほかでは得難いことです。
しかもほとんどの農家さんは「ただ農作物を作る…だけではありません」、必ず作る前の準備から、作った後の何らかの加工や運搬、在庫などを伴って、最後は必ずお金に替える「売り」までのトータルな複合産業が農家です。
山謙) トヨタ生産方式による生産工程の改善だけではもったいない。
農作物の生産だけでなく、その生産準備や調達、在庫などの管理、進捗、そして加工工程の効率化や原価低減、そしてそれら改善で得た余力を差別化して売りへ投資していけば、もっともっと農家さんは楽(ラク)して儲けられるはずです。
そのためには生産の改善だけでなく、販売や経営まで改善する必要があります。
しかしそんな心意気のある農家さんもたくさんあるわけではないので、こだわり農場のような農家さんは私にとっては貴重なパートナーですので、今後ともよろしくお願いします。
前置きがだいぶ長くなりましたが、早速2020年年頭のインタビューを自己紹介も含めて始めましょう。
継いでくれるなら何をしてもよい/自由な家風が行動力の原点
鈴木氏)私は子供の頃から当時は安定していた米農家になることに、鈴木家の長男としてなんの迷いも疑いもありませんでした。
後述されている私のプロフィールにもありますが、小学校の卒業時分から農家になることを公表していたようですし、大学も農学部に進学しました。
農家の後継ぎとして定められた道を嫌う人もいるのでしょうが、私はその点比較的に自由でした。どう自由かというと、先代の親父から「継いでくれるなら何をしてもよい」と言われていた点です。
だから実際に生産している小麦や米が活用できるクレープ屋を展開したり、いまでは椎茸栽培の方も軌道に乗っています。
おかげさまで米粉を使ったそのクレープは、豊橋駅ビルにテナントを持ち、駅利用客の若い人を中心に大変好評です。
椎茸栽培は総計約18万本の菌床で栽培し、地元の大学OB会等のつてもあり、おかげさまでこちらも商いは広がっています。
先代の親父自身もその父親、つまり父は私のお爺ちゃんがやっていた桃をバッサリやめて、米にシフトしましたが、ハウスイチゴや白菜にもチャレンジしていましたのでかなり自由な家風だったと思います。
山謙)どおりで晋示さんは他の農家さんとは違うと思っていましたが納得しました。
改善活動をするときなど、ここぞという決断や行動力には感心していました。
鈴木氏)また親もとに就農する前ですが、明治大学を卒業してから1年間カリフォルニアにも行ってました。これは当時タイ米やカリフォルニア米などの海外の米も脚光を浴びる時代になってきて、農業大国の側面もあるアメリカの米作りも学んでみたいと思ったからです。
修行といったら国内の匠の門をたたくのが普通かもしれませんが、海外での修行にも親父はむしろ積極的でしたので、自由な家風が私の行動力の原点かもしれません。
続けることも大きな才能
鈴木氏)カリフォルニアでは田牧ファームというところで修行をしていました。
そこの田牧一郎さんという方は、米国内にとどまらず世界中でご活躍されているようで、現在は、コメを生産しながらコメ産業コンサルタントとして活躍されているようです。 私は当時田牧ファームの本拠があった、北カリフォルニアのサクラメントバレーで修行をしていましたが、愛知同様にサクラメントも、水、土壌、気候が米の栽培に適した場所でした。
ただなにしろ飛行機で直播するんですから、正直いまでも規模やコスト面ではかなわないと思っています(笑)
そこから戻って親元に就農するわけですが、1993年に平成の米騒動と呼ばれた、関東や東北で記録的な日照不足から米の大凶作となり、カリフォルニア米やタイ米を政府が緊急輸入するなんて事件もありました。
この冷害で当時作付け面積2位を誇ったササニシキは今では見る影もなくなり、「ひとめぼれ」など寒冷地に強い品種が台頭してきて、亜熱帯が原産のイネが、ひとめぼれ系列の「ななつぼし」など寒冷地に強い品種への改良で、今では北海道が日本で第2位の大産地※となってしまっています。
鈴木氏) 愛知県はそれほどの凶作ではありませんでした。
私がここ音羽で就農してから大凶作というのはありません、恵まれた環境だと思いますが、ただ近いところで一昨年は悪天候で米麦大豆の収量は最悪でした。
昨年は持ち直したのでよかったのですが、あらためて農業というのは天候リスクをどうとらえていくかが生死を分けるんだと思いました。
農業は天候など不確定要素が大きくいろんな不合理なことが起きますが、そんな農業を続けることも一種の大きな才能だと思っています。
これはコツコツとやれるだとか、才能と言うより、もしかしたら根気強さのような性格的なことかもしれません。
言葉を大胆に変えると、それは「包容力や寛容性」と言い換えてもいいのかもしれません。
農業界にも働き方改革
山謙)農業を生業としていくには、コツコツとやれる根気強さや、なにがあっても受け入れられる包容力、寛容性というのがやはり大事なんですね。
鈴木氏)はい、そのとおりです。
昨今は働き方改革が叫ばれて、ブラック企業に勤めてうつ病になったとか、モンスタークレーマーに会いたくないから出勤できないとかニュースで聞きます。
しかし農業界ではまず、耳にしません。
農業はやはり悪天候など自然の驚異にはかなわないため、必然的にしょうがないと諦めて寛容せざるを得ず、精神まで病むことはありません。
ブラック上司のパワハラやクレーマーと、自然の現象は全くの別物です。
これは農業の良いところですが、一方で農業の悪いところは収量不足や品質不良をなんでも自然・天候のせいにしてしまう「自分への甘さ」でしょう。
農業界もこれからさらに働き方改革をしなければなりませんが、農業界らしい良い面はしっかり残しつつ、悪いところはトヨタさんのようないわゆる一般的企業のように、我がこだわり農場もしていかなければならないと思っています。
おかげさまで山謙さんはじめトヨタの方たちとお付き合いをさせていただくことで、着実に改善されていってることを感じています。
トヨタ式のいいところは、生産能力の向上や人材育成の仕方にしても「これが最高のやり方だからこうしなさい」ではなく、常に変化する世の中・状況に応じて、何がベストなのかを考えられるように「問題やムダの見つけ方と解決するための考え方」が身につくところです。
例えば非常に細かいことですが、こだわり農場では毎週水曜朝は全員で4Sをしています。
これは社長である私やトヨタさんに「やれ」と言われたわけでもなく、スタッフ自らが自律的に考えて決めたことです。
4Sされた環境の方がキレイで気持ちもいいし、仕事もはかどるからです。
これは今までの一般的な農家・農業界ではないことでした。
今年はそのような非常に細かいことでも、昨年より少しでも良くすることに注力します。
この地域に、そして日本に必要とされる農家への更なる変革のために、見直せるところはまだまだあります。
任せられる人材が着々と育っていますので、アーリーリタイヤも視野に入れ、このこだわり農場を今いる生え抜きの幹部にもっともっと良くしていってもらえると確信しています。
任せられる人を育てることが地域の活性化につながる
山謙)確かにこだわり農場を何年も見させてもらっていますが、一般的な農家は離職率が高いイメージですが、晋示さんの所は誰もやめないどころか、むしろいい若者が男女を問わず増えていますね。
自分では言いにくいでしょうが、わたしが思うにやはり晋示さんの人望が厚い(=包容力と寛容性が高い)のはもちろん、奥さんのキャラクターや働きといった内助の功も見逃せません。
固有名詞をすべて上げたいところですが、本当にいいスタッフ達もそろっています。
鈴木氏)ありがとうございます。
あらためて私を支えてくれている妻をはじめ、こだわり農場のスタッフには本当に感謝ですね。
この豊かな音羽地域を荒らさない、愛着を持って守っていくには、こだわり農場を揺らぎなくしっかりしたものとし、生え抜きの幹部に残したいと思っています。
また私には娘が3人いますが、この春次女が私の母校である明治大学に進学します。
わたしから次女に「継げ」と直接言ったことはありませんが、鈴木家の自由な家風を娘なりに理解して自ら選んでくれたことをうれしく思っています。
結果的にこだわり農場を任せられる人を育てられていたのは、社長冥利に尽きるといったところでしょうか。
また任せられる人が育っていれば、私が将来こだわり農場を離れても、発展し続けて、結果この音羽地域を活性化させることになるでしょう。
その時私自身は地域の後見役的な立場で、もっと活性化が進むよう行政ではできないことを、NPOを立ち上げるなどして応援していければと思っています。
それがこだわり農場の経営理念でもある“農を極める”ということにつながるでしょう。
具体的には「地域を元気にします」「環境にやさしい農業をします」「関わる人すべてを笑顔にします」という3つのテーゼを叶えることにより農は極められると考えています。
最終的には“農を極める”ことによって地域を守ることが、必ずや日本の持続的発展に貢献するという考えは私の揺らぎない信念です。
山謙)そうですね、わたしもたいへん共感します。
少しでもこだわり農場の役に立てるようにがんばりますので、今年もまた1年良い年にしましょう!ありがとうございました。
【プロフィール】こだわり農場鈴木 鈴木氏
鈴木 晋示 すずき しんじ
昭和43年(1968)5月生まれ。
愛知県豊川市出身、明治大学農学部農業経済学科を卒業。
卒業後1年間渡米、カリフォルニアの田牧ファームで研修する。
帰国後に親元へ就農、2006年に7代目としてこだわり農場を法人化し代表に就任。
小学校卒業作文には「マイコンを使った農業をする」という先進的なことを書きながらも、農家継承には一点の曇りもない意志を持った少年であった。
と同時に学級長や児童会長を任されるなど、現在も愛知県稲作経営者会議の会長を任されている「根っからの世話人」として頼る人は後を絶たない。
この春に次女は同じ明治大学農学部へ、 3人娘の子煩悩な父親でもある 51歳。
【法人概要】こだわり農場鈴木
設立:平成18年(2006)
経営面積:米50Ha 麦15Ha 大豆15Ha キャベツ2Ha 椎茸(菌床18万本)
農作物:米、麦、大豆、椎茸の栽培
農業以外の事業:豊橋駅商業施設内に米粉クレープ店を展開
栽培特徴:音羽川の豊かな水を背景に、1989年、たった三人の生産者で始まった”消費者に直接安心安全なお米を販売する”音羽米を育てる研究会(現音羽米研究会)は、今では百人を超える音羽地域ぐるみでのお米作りにまで発展し、こだわり農場鈴木はその音羽米生産者の中核をなし、1.5haの圃場で有機JASも取得した。
音羽米は農薬の残留を考慮し、実ができるステージの農薬散布を一切せず、玄米でも安心して食べられるお米としても提供している。
リンク:こだわり農場ドットコム

