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教える側の一番大切な姿勢

今の若いもんはなっちゃいない?

ゆとり世代、Z世代など、いつの時代でも人は新人と旧人に分けたがり、旧人は「今の若いもんはなっちゃいない」と嘆くものです
また嘆かれる若い世代も「年上は頑固者、お話にならない」と、これまた同様に嘆くものです
なぜこんなことになったのか?
こうなる前に教える側のすべての人は、一生懸命に新人へ教育を、それこそ手取り足取りしていたのではないでしょうか?
新人は右も左もわからないのが当たり前、最初は盲目的についてくる雛のようで、目に入れても痛くないと思えるほどだったのが、そのうち見張ってないととんでもないことをやらかす、あるいは指示しないと動かないようになってしまうと・・・
「何度言ってもダメだな、あいつは」
「いくら言ってもわかってくれないな」
「あんだけ教えたのに、なんでわからないんだろう」
「頼んだ仕事のこと全然聞いてこないけど、あいつは本当に大丈夫なんだろうか」
もし、これらのように思っているのなら要注意です
また、
そんな時に新人(教えられる側)は・・・
「言われたとおりにやっているのに…」
「やってもやってもあれこれ言われ、怒られるばかり」
「今時マニュアルがないなんて絶句、アムロだってマニュアル見ながらガンダム動かしたのに」
「あ~あの言い方、眼差し、信頼されていないんだな、がっかり」

教える側と教えらる側の想いの逆転

最初は教える側の旧人は、教えられる側の新人のことを理解しようと一生懸命でした
「初めてだから出来なくって当たり前だよな」
「どうしてできないんだろう?こういうことか?そういうことか!」
「この子にはこう教えればいいか、ならあの子にはああしようか…うん、成長度に合わせて…」
ところがいつの間にか、
「こんなに一生懸命伝えているのに、どうしてわかってくれないんだろう?」
と思い始めてしまいます
この瞬間、旧人(教える側)の思いが「新人(教えられる側)を理解したい」から、
「俺(教える側)を理解してほしい」に変わっていき、観点が逆転してしまうのです
その行き着くところは「なんで俺のようにできないんだお前は」です

人材育成は徹頭徹尾、相手を理解する努力から始まり、相手が一人で出来るようになるまで永遠に続きます
例えがホント悪くて申し訳ないのですが、言葉の話せないワン(犬)ちゃんに、ペットとしてのお手や伏せだけでなく、盲導犬、介助犬、警察犬・・・どれだけ個々のワンちゃんに見合った教育を施しているでしょうか
ベーシックな教育はどのワンちゃんにも平等に行うでしょうが、一定線を越えてくると個別に行うはずです

自分と同じ人なんて世の中に一人もいない

一方ワンちゃんではなく人なら、言葉も通じます、同じ人です、同じ作業です、同じように手足を、同じスピードで、同じ回数、同じように動かせばいいだけのはずです
ワンちゃんは一目見て同じ動物ではないと理解し、またずっと人とは違う動物と理解し続けるでしょう
厄介なのは人の場合、教える側は教えられる側のことを「自分と同じ人間」だと錯覚することです
人は誰一人として同じ人はこの世にはいません(ワンちゃんと同じです)
ある方法である人へ教えられたからと言って、それが他の人にも通じるとはゆめゆめ(努々)思ってはいけません
さぁ、いい種(苗)が新たに新人として入ってきた所でも、そうでない所でも、この春、教育元年として頑張ってみませんか?

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